新しい視点を得ることで心が豊かになる。吉田誠治が絵を通じて伝えたいこと【令和妙心寺六景】
京都・妙心寺 退蔵院で2022年11月23日(祝)から12月4日(日)まで開催中のアート企画『令和妙心寺六景』。妙心寺にまつわる6つのモチーフを、6人のクリエイターが個性豊かに描き出します。
インタビュー第2弾は「国宝・黄鐘調鐘(おうじきちょうのかね)」を担当する吉田誠治さん。貴重なラフも公開していますので、ぜひチェックしてみてください。
禅寺は日本の中でも重みのある、文化の中心のような雰囲気
── 本日はよろしくお願いします。今回の「令和妙心寺六景」のお話を聞いてどういった印象をもちましたか?
京都精華大学の授業で6年ほど前から教えていて、あとはピクシブさんとご一緒している京都芸術大学の通信課もありますし、何かとご縁がある京都なのですが、実は妙心寺さんにお伺いするのは初めてなんです。
大学の授業で京都に来たついでに周辺の寺院や寺社仏閣をよく見学していたので、そうしたモチーフを描きたい気持ちは元々すごくありました。何か案件があったら積極的に関わっていきたかったので、ご依頼をいただいてとても嬉しかったですね。
── 妙心寺に実際に足を運んで取材いただきましたが、吉田さんの服装や装備を拝見すると旅慣れている感じがしました。
そうですね(笑)。常勤の講義以外でライブペインティングのイベントなどで日本全国あちこちに呼んでいただくので、周りの寺社仏閣や郷土資料館にはついつい立ち寄ってしまいます。
呼んでいただいたからには、現地のいろいろな史跡を巡るというのが僕の趣味のひとつで、歴史的な成り立ちとか、そういうところまで含めて調べるのが好きですね。
── かなり重いのにありがとうございます。取材旅行で印象に残ったことはありますか?
梵鐘の音を間近で聞いたときの衝撃
── 私も横で聞いていましたが、あんなに近くで鐘の音を聞いたのは初めてです。体中に音が響きました。ほかに京都ならではのエピソードはありますか?
僕は禅問答が大好きで。古典落語の演目で、禅問答をネタにした「蒟蒻問答(こんにゃくもんどう)」というお噺が特に好きです。あとは妙心寺さんと宗派が異なりますが、コメディ映画「ファンシイダンス」(1989年)にも法戦式といった禅問答のようなやりとりがあって印象的です。
ですから、禅問答のなかでも有名な、妙心寺さん由来の「瓢鮎図」の話はグッときました。これは浪人先生が担当されて素晴らしいイラストになっていますので、その絵もぜひご覧いただきたいですね。
── 聞くところによると、解散後に伏見稲荷に行かれたそうですが……?
── ぜいたくな時間ですね……!
帰りは秋の紅葉で有名な東福寺方面に下りて、観光して帰りました。本やインターネットで調べた知識と現地で感じる知識はやはり別物ですね。ひとつのテーマでクリエイターが集う案件は色々ありますが、こういったコミュニケーションができる企画はなかなかなくて、貴重な経験になりました。
これは東福寺の写真ですが、本当に見どころがいっぱいあるんで、ぜひみなさん行ってほしいですね。
人々の生活に根ざしていた梵鐘の音をどう描くか
── 続いて、今回の吉田誠治さんのお題である「国宝・黄鐘調鐘」、こちらのテーマと最初の印象を教えてください。
まずは国宝というのが大変責任が重くて緊張しましたね。「黄鐘調鐘(おうじきちょうのかね)」は698年、飛鳥時代に造られた記録上日本最古の梵鐘(ぼんしょう・寺院で用いる釣り鐘)だとか。鐘の音が雅楽の「黄鐘調」と同じ音階なので、その名称が付いているそうです。実物の写真もなかなか撮影できないし、妙心寺さんのなかでも非常に価値の高いものです。
梵鐘といいますと、昔の人にとっては催事の始まりや時報の役目を持っていました。朝の「暁鐘(ぎょうしょう)」、夜の「昏鐘(こんしょう)」などがあり、お寺の鐘の音が当時の京都の人にとって時間の区切りになっていたわけですね。
── なるほど、昔は鐘の音が生活に必要なものだったんですね。
はい。今でも妙心寺さんに見学にいくと、近くにお住まいの方が通ったり、犬の散歩に来ていたり……、お寺さんって街の生活に密着して、溶け込んでいると思うんです。その中で一番大事な鐘をどう描こうかなと悩みました。
やはり、鐘の音が鳴っている、それが京都の街に響いている——そんな雰囲気をお伝えしたくて、「鐘の向こうに京都の街が見えている」というアプローチにしました。
── 日本最古の梵鐘というだけあり、資料も少なく、テーマは難易度が高いものでした。
──黄鐘調鐘は近くへの立ち入りが難しい場所でしたね。
はい、ですので、取材時もなるべく高いところで、色々な位置から撮影しました。特に鐘楼の構造、木の組み方がどうなっているのかをすごく観察しましたね。こういう構造で木が組んであるから、おそらく鐘がこう吊り下げられているなとか。写真の色調補正を使って、暗いところもしっかり観察しました。
今回の題材にもあるとおり「黄鐘調鐘」が主役ですから、主役がちゃんと見えなければいけません。この角度で柱を入れたら鐘が見えるな、など考えながら制作しました。おそらく、実際だとイラスト上で鐘の位置に光は入らないんじゃないかと思います。そこはちょっと嘘をつかせてもらって、鐘にちゃんと光が当たるようにして、主役だと伝えたいなと思いました。
アナログのラフからの線画、柔らかな筆致で鐘楼と京都の街並みを描く
── 途中でたくさんのラフを拝見しました。
── 途中でいただいた線画はアナログの手書きでした。
はい、アナログです。最近はキャラクターだけではなく、背景でもデジタルでラフ〜線画を描く人が増えてきましたが、僕は定規とフリーハンドで描いています。
── 鐘楼の瓦部分はイラストと同じ角度の資料がありませんよね?
そうですね。でも、建物ってある程度の形が決まっていますので、全体のサイズ感さえ把握できると組み立てやすいかもしれません。縦横の幅とか屋根のサイズ感などで最初に当たりをつけて、あとは細かいところを詰めていく作業になります。
ただ、屋根がちょっと湾曲してたり、すごく地味なところでいうと、瓦の数や、足場の板の枚数、鋲の数をちゃんと合わせたり、微妙な工夫をしなきゃいけないので、そういうところはちょっと経験値がいるかもしれません。僕は建築系の表紙などの仕事で慣れていることもあって、なんとかできましたね。
日本の寺社建築に限らず、宗教建築は見る人に荘厳な印象を与えるために、手が込んだ形が多い。これを矛盾なく描くには3Dモデリングが一番なんでしょうけど、僕は柔らかい手描きの線で描きたいなと思っています。
── アナログならではの線が活かされていますよね。それ以外に苦心した点がありましたら教えてください。
妙心寺さんの建物の配置などはなるべく本物に寄せて書きたかったので、Googleマップにはお世話になりました。現地取材だと見られないところもあるので、空撮写真で建物の配置や大きさを調べて、「こう見えるはず」とシミュレーションしましたね。
歩いていると気付くかもしれませんが、京都は盆地になっていて、南側は川で、北側は山に囲まれています。その感じが、京都の特徴だと思うので、「山がちゃんと見えてほしい」というのがあります。イラストの奥側、つまり北に見える鞍馬山は「ここから見たらこんな感じに見えるはず」というのを調べて描いたつもりです。
── たしかに、奥の方を見ると京都らしい山が見受けられますね。このイラストは昏鐘、日の入りのタイミングでしょうか。
なんといっても国宝です。本当に緊張感がやばかった(笑)。それこそ柱の1本に至るまでなるべく本物の通りに描こうという気持ちで書きました。
イラストの強さは魅力をわかりやすく伝えること
── 素晴らしいイラストをありがとうございます。この「令和妙心寺六景」で妙心寺だけではなく、お寺に興味をもってくれる人が増えたらいいですよね。
そうですね。僕は禅寺にすごく興味があるので積極的に行ったり調べたりしますが、やっぱりお寺さんにあまり興味のない人も多いと思うんですね。「これがこの寺の魅力だよ」と言ってもらえれば興味を持つきっかけになりますが、文字で解説があっても、わかりにくいところもあると思います。そこに「イラスト」というきっかけがあるだけで、少し変わるんじゃないかなと。
「イラスト」の素晴らしさは、魅力をわかりやすく伝えられるところ、「ここがいいな」とか「ここをいいと思えばいいんだね」という答えや示唆を与えられるところだと思います。
── イラストが興味を持つきっかけになるのはとても納得出来ます。
あとは単純に好きなイラストレーターが描いているだけでも、「何で描いたんだろう」っていう興味が湧くと思います。そういう動機がひとつできるだけで、これまで全く魅力を感じなかった物の深みが見えてきます。見方をちょっと変えるだけで、日常生活に隠れているいろんなものの面白さが見えてくるので、掘り下げるきっかけになりたいですね。
お寺というとわかりにくいところがあるかもしれませんが、元々は僕たちの生活に密着した施設なんですよね。この企画を通じてお寺との距離が少しでも縮まったり、妙心寺さんだけではなく、京都以外のお寺さんとか色々な施設に足を運ぶきっかけになってもらえると、すごく嬉しいですね。
── イラストで魅力を分かりやすく伝えられるという話ですが、禅問答で有名な妙心寺さん由来の「瓢鮎図」も、問いかけである公案を水墨画で描いていました。
── 情操教育でも絵が大事という話ですよね。これは吉田誠治さんの絵本作家の活動にも通じるところはありますか?
── 絵の後ろにあるものを大事にされているんですね。
僕は絵が描きたくて描いているわけではなくて、たとえば今回のイラストは妙心寺さんの魅力を伝えたくて描きました。
魅力をわかりやすく伝えるという話とも少し重なるのですが、絵はクリエイターの視点や伝えたい感情を疑似体験できるのが面白いんですよね。「自分の視点に新しいフィルターが追加される」ところがあります。たとえば、同じお寺を描いても荘厳な感じに描く人もいれば、親しみやすい雰囲気にしたり、スタイリッシュにしてみたり、クリエイターによって千差万別で、切り口の違いがわかりやすいのがイラストの強さだと思うんです。
── 絵を通じてクリエイターの視点を追体験しているわけですね。話は変わりますが、銀座 蔦屋書店さんで展示をされるそうですね。案内を拝見しました。
ありがとうございます(笑)。これも、「本を本屋さんで買うのっていいよね」という気持ちで始めた企画なんです。
銀座 蔦屋書店さんから展示のご依頼をいただいて、僕も書店が好きなので、「書店に来てもらえたらいいな」「本が好きな人が喜んでくれるといいな」という気持ちで、この「深い森のブックカフェ」の2枚を描き下ろしました。開催時期がクリスマスシーズンなので、絵の雰囲気もそれに合わせて制作しています。
感情を伝播させたり、伝えていくことができるイラストを、これからも描いていきたいですね。
11/29(火)より銀座 蔦屋書店にて「深い森のブックカフェ」を開催!
吉田誠治さん初の単独展示となる「深い森のブックカフェ」が、銀座 蔦屋書店さんにて、11/29(火)より開催予定です。描き下ろしイラストの展示のほか、限定グッズの販売もございますので、ぜひ足をお運びください。
京都・妙心寺 にて「令和妙心寺六景」開催中
妙心寺にまつわる6つのモチーフを、6人のクリエイターが描く「令和妙心寺六景」開催中です。紅葉彩る秋、京都・妙心寺 退蔵院でお待ちしています!
場所:退蔵院内 大休庵(茶席)