推しの短歌、私も作れますか? 推しをイメージした短歌の作り方&楽しみ方をプロの歌人に聞いてみた
31音に景色や心情を読み込む「短歌」。定型詩には俳句や川柳もありますが、短歌は57577のリズムで、季語を折り込む必要はありません。短歌の長い歴史の中で、最近は好きな作品やキャラクターをモチーフにした短歌を作る人も増えているそうです。pixiv小説にもそうした短歌が多数投稿されています!
「漫画やアニメから短歌を作るってどういうこと?」「短歌ってなんだか敷居が高そう」とお思いの方もいるかもしれません。そこで今回は、第二回笹井宏之賞にて大賞を受賞、漫画やゲームが大好きだという歌人・榊原紘さんに、短歌の世界と繋がるためのお話をうかがってきました。
さらに、短歌好きのライター・高島鈴と、短歌初心者のpixivision編集部員Sが、『ハイキュー‼︎』をモチーフに短歌作りに挑戦し、榊原さんに添削と講評をいただきました。実は身近でとっても芳醇な短歌の世界に、いざ出発……!
「これって、あのキャラクターのこと⁉︎」 イメソンのように短歌を楽しむ
── まずは入り口の話ですが、榊原さんはどのように短歌を始められたんでしょうか。
高校2年生のときに、好きな人が枡野浩一さんの歌集を読んでいて、共通の話題が欲しくて自分も読んでみたのが始まりです。枡野浩一さんの歌はたとえば、
このように、言葉遣いがすごく簡単なんです。実際は短歌にもいろいろあるんですけど、「短歌ってわかりやすい!」と好きになりました。それから「自分も作れば、好きな人から何かコメントがもらえるかも」と思って実作を始めたんです。だからわりと始めから、自分は人に見せることを前提に短歌を作っています。
── 榊原さんは「ゆにここカルチャースクール」で「推しと短歌」という講座をされていますが、短歌との出会いも「推しと短歌」だったんですね。
── 短歌に対しては、お堅くてハードルが高いと思っている方も多そうですが、親しみを持つためにはどうしたらいいでしょうか?
自分は「イメ短歌」、つまりオタクがいうイメソンの短歌バージョンを提唱しています。1行の短歌を読んだときに、「この歌……あのキャラクターのこと……!?」と思って涙するような感じですね。
たとえば私は、近い世代の短歌ばかり読んできて、「昔」の短歌は分からないと思い込んで避けてきたのですが、前川佐美雄のこの歌に出会って変わりました。
わが魂を釘づけしといて遠く去りかれの名がいま世にうたはれる
/前川佐美雄『植物祭』
読んだ通り、自分の魂を釘付けにしたのに遠く離れていってしまった彼の名前が、今こんなに世の中でうたわれている、という意味の短歌なんですけど、これを読んだときに「逆転裁判だ!!」と思ったんですよ。有名な昔の歌人の歌を読んでもしっくりこなかったんですけど、逆転裁判のおかげで理解できるようになりました。「イメ短歌」は短歌を読みやすくする一手段としておすすめです。この体験を機に、避けていた世代や文体の歌を読めるようになりましたし、更に「どうしてあの作品・キャラの『イメ短歌』だと思ったのだろう」と考えることで、短歌をより深く読み込むための回路を手に入れることができました。
── 作品を介入させることで、短歌はぐっと理解しやすくなるんですね。榊原さんの歌集『悪友』も、『呪術廻戦』のキャラクターである五条悟と夏油傑を想起させる「イメ短歌」としてバズっていたかと思います。
本当にびっくりしました。私もあのお二人の関係性が好きですし、ああいったご意見も、歌集が広まったのも嬉しかったです。
── 人間関係を重視した短歌は特に、『呪術廻戦』に限らず、何かの関係性にハマってから歌集を読み返すと何度でも違う味わいを楽しめそうですね。
何かに影響を受けて作品を作る、それは普通のこと
── 榊原さんが漫画などをモチーフに作品を作り始めたきっかけは何だったんでしょうか?
何かを見て歌を作る、というのを当たり前にやっていたので、いつからと言われると思い出せないですね……。散歩したときにふと歌が浮かんでくる、ということも私には「景色から影響を受けた」の範疇になるので、区別が難しいです。
── 短歌の講座も受け持たれている榊原さんですが、既存の作品やキャラクターをモチーフにして短歌を作っている方にはどんな方がいますか?
実はそういう風に短歌を作っている方はとても幅広くいます。たとえば歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)を刊行された上坂あゆ美さんも、Twitterでチェンソーマン短歌を発表しています。
「怒り」って「光」と似てる 路地裏の掃き溜めすべてはじまりだった
/上坂あゆ美
また、『水上バス浅草行き』(ナナロク社)を刊行された岡本真帆さんは、映画「リリイ・シュシュのすべて」からインスパイアされた短歌を作られていました。
死にたいとそっと吐き出すため息の軽さで少し進む笹舟
/岡本真帆
他にも彫刻や絵画から作る方もいます。たとえば、大森静佳さんはオーギュスト・ロダンの彫刻やフランス映画『カミーユ・クローデル』から、水原紫苑さんはレンブラントの絵画から短歌を作られていますね。なので、別の作品から影響を受けて短歌を作ることは特別なことではなくて、これまで普通にやられてきたことの一部だと思います。
『ハイキュー‼︎』や『呪術廻戦』をモチーフにした榊原さんの短歌
── 好きな作品をモチーフにして作ってきた短歌のなかで、榊原さんのお気に入りを教えていただけますか。
モチーフとした作品を明言している歌には、たとえば『ハイキュー‼︎』や『呪術廻戦』があります。
補えばいいということでもなくてあなたはあなたの指揮する曲だ
/榊原紘『悪友』
これは及川さんを中心とした、セッターたちについての歌です。指揮者としてセッターがいて、セッターが奏でるチームの調和がある。それを意識して作りました。
次は『呪術廻戦』ですね。『悪友』は『呪術廻戦』を知る前に作った作品なので、「『悪友』って五条と夏油じゃん」と指摘されてから、「いやいや、私新しく作りますよ」と思って作りました。
煙草の火貸すのもこれで最後かなどんな晩歌も似合わない人
/榊原紘「雪原を征(い)く」
花を吐くように告解 おそろしいだけの海なら飛びこめたのに
/榊原紘『悪友』
── モチーフとなった作品が明言されている短歌も面白いですが、明言されていないものを自分の中で好きな作品と重ね合わせながら読んでいけるのも短歌の面白いところですね。
目指すのは、一粒で二度美味しい短歌?
── 大きな質問になりますが、短歌の魅力はどんなところだと思いますか?
やはり短いところかなと思います。しんどいときって長い文章を読むのが難しいんですけど、短歌だとすぐに読み終わるので、どんなときでも触れやすい。俳句や川柳も短いですが、短歌は川柳や俳句よりも意味の要素がやや強いですね。ある程度の長さがあるので音の並びも意識しやすくて、呪文みたいで好きです。
── 短い中で音のリズムと意味が両方楽しめて、具合の悪いときにも読める詩歌、それが短歌なんですね。短歌を作ってみたい人に、何かアドバイスはありますか?
初歩なんですけど、句ごと(5・7・5・7・7ごと)に空白を空けたり、改行したりしないこと。まずその二つだけ意識してください。短歌は多行書きの方もいますけど基本的に一行で、スペースがあるとそれは「字空け」という技法になるんですね。あえて空けるときは全角で空けてください。そもそも短歌には5・7・5・7・7の中に音の区切りがあり、音が切れているとやや意味も切れる。さらに句ごとに空白が空いていると、意味が分裂してしまうんです。
── なるほど。特に既存の作品を題材にして短歌を作るときに、気をつけた方がいいことはありますか?
わかる人にだけわかる短歌にしないことです。キャラを知らなければ意味のわからないような歌は、そもそも短歌として読めなくなってしまう。短歌として読んでまずいい、キャラクターや作品のことを考えて読んでもいい、一粒で二度美味しい歌がベストかと思います。
特定の作品のキャラクター性が強いほどエモくはなるかもしれないし、ネットにあげれば作品を知っている人の間での反応は得られるかもしれませんが、いいね数は気にしなくていいです。
── 作ってみたいけれど、最初の一語が思い浮かばないという場合はどうすればいいでしょうか?
とにかくメモしてください。好き・かっこいいと思った単語、景色、なんでもいいです。いつかパズルを完成させるピースになります。最近の実例を出すと、グループのうちの一人が他の人の写真を撮ってあげているのを見て、「屈んで写真を撮る」とメモしました。「君が屈んでまで撮った○○(2音)」にすると、7・7で下の句になりますね。「屈んでまであなたが撮ってくれたこと」にすると、6・7・5で最初が字余りですが上の句になります。メモから始めましょう。
── 逆に、伝えたいことが多くて31音に収めるのが難しいときはどうしたらいいでしょうか。
収めなくてもいいんですよ。上の句が長くなってしまっても、下の句(7・7)が揃っているときれいに見えます。たとえば、加藤克巳のこんな歌があります。
記憶容量六万五千語演算速度四・四マイクロ秒フォンタックいましんかんと暁を待つ
/加藤克巳
この歌、上の句がめちゃくちゃ長いんです。でも下の句の「いましんかんと暁を待つ」まで読むと、「収まってんじゃん、ふーん、おもしれー歌……」という印象になります。
あとはそもそも言い過ぎないようにして余白を作ることでしょうか。最初は定型にこだわってもらった方が、その後自分がどう歌を作りたいかが見つけやすくなるのでおすすめです。ただ世の中に現れる短歌には5・7・5・7・7じゃないものがたくさんあるので、崩しても大丈夫です。それに、なんとか31音に収める方法はあるんですよね。
── ぜひ知りたいです。推敲のコツはありますか?
語順を変えたり、単語を言い換えたりすることで、音数を減らせる場合があります。それから意味が重なっている部分があったら省くことですね。「リュックを背中に背負う」とあったら、「背中」と「背負う」はどっちかでいいんですよ。似たような意味があったら削っちゃう。語順、単語を言い換える、消せるところを消す、この三つが定石だと思います。
並べ方によってコンボが発生! 連作はカードバトル
── 複数の短歌があるとき、歌はどう並べていますか? 並べ方で意味も変わってしまいそうです。
歌を並べた一連の作品を連作というのですが、私は連作をカードバトルだと思っています。並べ方によってコンボが発生して技が発動するんですよ。
たとえば最初に「君」という言葉が出てきて、その後の歌で「二人でお酒を飲んだ」みたいな歌があった場合、「君と僕でお酒を飲んでるんだ」というように、内容が引き継がれて読まれるわけです。
季節の変化があるなら季節順で並べるのがスタンダードなやり方です。心情の変化があるのであれば、順番によって大きく意味が変わります。たとえば「一人でも生きていける」という内容の歌のうしろに「誰かと一緒にいたい」という内容の歌が置かれていたら、「一人でも生きていけるっていうのは強がりで、やっぱり人と関わりたいんだ」と読めますよね。でも順序を逆にして「一人でも生きていける」の歌で終わると、「この人は一人で生きていく道を選んだんだな」と読めます。このように、同じ歌で構成されていたとしても、出番が先なのか後なのかで思想が180度変わってしまう場合があります。
私は「生前」という連作と「悪友」という連作を同じ締め切りで別々の賞に出したんです。合計80首なんですけど、ひとつの連作の中でも動かすし、連作間で動かすこともありました。そのときは一首ずつコピーした紙を机の上に置いて、動かしながら考えていましたね。
── 本当にカードバトルみたいですね。
自分は連作が好きなので、順番にはこだわりがあります。歌集にはいくつかの連作を収録しているんですが、その順番も考えて組んでいます。パラパラ読んでもらってもいいんですが、最初から通して読んでも別の楽しみがあるはずです。
── 実際に短歌を作ってみたとして、初心者が歌を発表をするときはどうしたらいいでしょうか?
『ハイキュー‼︎』をモチーフに作った短歌を添削&講評!
3者ともに好きな作品である、バレーボール漫画『ハイキュー‼︎』を題材に、ライター高島とpixivision編集部員Sが短歌を作り、榊原さんに添削や講評をいただきました。まずはSの歌からです。
短歌を作ってみると、作品やキャラクターに持っている印象を再発見する感覚があって面白かったです。
「武器」はボールの比喩ではなくて、「点を獲るための人間」ということだと思いました。原作では、スパイカー牛島くんに対して「火力」といった単語が出てきますし、このフレーズはこのまま活かしましょう。「床とネット天井とそのあいだのわたし」は、つまり「コートの中にいるわたし」ということなので、具体的に表現します。
そのコートがどのようなコートであるかは変えてもらってもいいです。また、二字変えて「ただ君の武器でありたい」にしても違うニュアンスが出るので、お好きな方を選んでいただければと思います。
場所のイメージが浮かんで読みやすくなりますね! 次は月島蛍をイメージしてつくりました。
「太陽」がリアルの太陽なのか、日向翔陽などに対する比喩なのかで読みが分かれるところです。月島くんはがむしゃらにやれる日向みたいな人に、後ろめたさとはまた少し違う、純粋な違和感みたいなものを覚えているので、この「影」は純粋なshadowでもあり、太陽に照らされていることで自分が現れる(=月)ことや、精神的な翳り・「陰」も含まれていると解釈しました。
ただ、バレーは室内競技のため太陽と重なることはありません。ビーチバレーはありますが、ビーチバレーを月島くんがやっているシーンはないですよね。あとは天井サーブの「照明」が「太陽」とされているのかなと思いましたが、これは「太陽」が何を示したかったかによって歌の添削方向が全然変わるので難しかったです。そして「太陽と重なるボール」をそのままにすると、「眩しい」は自明のことであるため省くことができます。これは「太陽」の正体が何であれ。
作った自分より正しく読んでもらっている……! 自分にしかわからないかも、と思っていたのですが。
短歌を見せ合って批評する会を歌会というんですが、歌会で自分が思ってもなかった自分の望みみたいなものが見えることがあるので、人に見せると面白いですよ。「全然違う!」ということもあるんですけど(笑)。
批評に慣れるという意味でも他人に見せるのは大事ですね。
カルチャースクールの授業では、作品を知らないのは前提で、短歌として読みますね、とお話ししてあるんですけど、わりと読みは当たってたりします。わかってほしい方はキャラクター名を言ってもらってもいいですよと言ってあるので、キャラデザなどは見てから批評することもあります。でも、いい歌はキャラや作品を知らなくても大事なところはわかるというか、“霊圧”が伝わってくる(笑)。
いや〜、どんな作品にせよもっと霊圧の高い作品を作りたいです……。
S作のその他の作品
飴玉を溶かす甘さに慣れていくセンパイブカツコーチレンシュー(日向翔陽をイメージ)
知ることもなく死んだかもまばたきは永遠みたいボールを追って(谷地仁花をイメージ)
尽くしたいと尽くされたいは似ている 爪先の揺れ端に捉えて
背も足も追い越しやがて越えられる ビールうまいね肩こり辛いね
私は「菅原孝支から影山飛雄へ」というテーマで作ってみました。状況だけ見れば「奪われた人」として扱われかねない立ち位置の菅原が、影山に対して常に「与える人」だったというのが大好きで。及川も言ってますけど、影山にとんでもないことを教えたのは菅原だったんですよね……、って思って作った歌です。
影山くんは世界のどこでも活躍できる選手ですが、その身体が今触れられる距離にある。叩くのはかなり強めの行為で、信頼とかお互いの約束事みたいなものがないと通常はできないですよね。尊敬するチームメイトとしての行為が「祈り」になるのはよいなと思いました。それは「見送る」動作にも思えます。「見ゆ」は謙譲語になってしまうので、文法的なことがちょっと不確かですけど、影山くんの暗い時代、菅原さんの焦りやふがいなさの時代からお互いが出会うことでお互いを見つけ出した、夜明けという感じがしてよいです。黄昏時の逆ですね。
批評してもらえるのはすごく嬉しいですね。 もっと霊圧に磨きをかけたいです。
高島作のその他の作品
歌の霊圧を高めるためには、歌集を読む、歌会に出る、語彙を増やす、この3つを考えてもらえるといいと思います。歌集を読めば語彙を増やすことに繋がるし、歌集を読んだらどう歌を評するかにも繋がるし、3つは連環した行為です。何かをインプットしてアウトプットする。この繰り返しですね。
私はちょくちょく短歌を作るんですが、短歌を始めてよかったことのひとつは、自分も好きな作品について創作ができるんだと気づけたことです。これまで自分は小説も漫画も一度挫折していて、創作は自分にはできないのかなと思っていたのですが、短歌で初めて入門できました。同じ悩みをお持ちの方がいたら、ぜひ短歌をおすすめしたいです。
読み専には読み専の楽しさがありますし、オタクに貴賤はないんですが、もし「作りたいけど、私は読み専なんだ……」と落ち込んでいる方がいたら、「できるよ」と肩を叩いてあげたいです。
創作の世界と自分の間に一線を引いているのがもったいないな、と思っていたときに短歌に出会えたのはうれしかったですね。「世界、開かれてんじゃん……」となりました。
榊原紘さんの歌集発売中&4/24(日)よりオンライン短歌講座の4期目がスタート!
── 最後にお知らせごとはありますか?
「ゆにここカルチャースクール」で短歌のオンライン講義「推しと短歌」を行っています。4月24日から「推しと短歌 りた~んず!」が始まります。短歌の基礎から、どうやって短歌を推敲するか、どのように短歌を解釈するかのお話をしていきます。「今から短歌を始めるぞ!」「短歌が何なのか1ミリもわからない」という人にもわかる講義です。
BOOTHでは1月に発売した個人誌「それは、とても広いテーブル」などを販売しています。
その他、楽しいお仕事をいつでもお待ちしています!
── 本日はありがとうございました!
真夜中の電話に出ると「もうぼくをさがさないで」とウォーリーの声
毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである
/枡野浩一