健全なアニメもモザイクだらけ!? 世界のオタク活動・タイ編

取材・文・編集/佐久間仁美
海外のオタク活動に迫る企画の第2弾。
今回は、11月に『タイランドゲームショー』が開催されたばかりのタイです! 昨年オープンしたアニメイト・バンコク店にお邪魔して、取材をさせてもらいました。
現地のオタク活動を語ってくれるのは
・Twitterでも有名な、アニメイト・バンコク店 店長 大谷さん
・バンコク在住歴19年! コスプレ雑誌『COSMag』元編集長 genoさん
・タイで有名なコスプレイヤー NaSiさん
という「我こそは、タイを知り尽くしたオタク!」ともいえる3名です。「タイでのオタク活動」をテーマに座談会を敢行し、微笑みの国・タイのオタク事情にたっぷり迫ります。

▲ 左から大谷さん、NaSiさん、genoさん。実はインタビュー当日、3名全員が風邪をひいていました。原因は「1週間前の寒い日」で、気温は29℃だったとのこと。タイで暮らす人が感じる「寒い」って一体……?
声優が少なすぎる……タイ語の吹き替え事情
── 今、タイで流行っているコンテンツを教えてください。
geno:最近はゲームが多いですね。『ファイナルファンタジーXV』、『NieR:Automata(ニーア オートマタ)』、携帯ゲームだと『陰陽師』かな。
NaSi:『陰陽師』はタイ語版よりも、日本語版が人気です。
── なぜ日本語版をプレイするんですか?
NaSi:日本語版はたくさんの声優さんが登場するんですが、タイ版は年齢層が高いベテラン声優さんが数人だけで演じていているので、声がみんな同じに聞こえてしまうからです。
大谷:『ラブライブ!』も1人3役も演じてる方もいますね。
── えー! 声優さんがたくさんいる日本では考えられないですね……。
geno:一応、声優養成所みたいなのはあるんですが、次世代を育成する雰囲気はまだないかな、という感じです。

▲ 『タイランドゲームショー2017』の様子。大盛況です。
── ちなみにアニメイト・バンコク店では、タイ語と日本語のコンテンツの割合はどれくらいですか?
大谷:タイ語8割、日本語2割ですね。タイ語に翻訳されてる日本の出版物ってすごく多いんです。というのも、タイの現地企業がアニメや漫画のライセンスを取っていて、出版環境が整ってるんですね。だからアニメイトも安心して出店できたという。マンガの新刊も、3ヶ月たったら翻訳版が出るほど充実しています。

── 日本とタイで流行り方が違ったものはありますか?
大谷:タイ語版の有無によって結構変わりますね。日本には女性向けのアイドルゲームがたくさんあると思うんですが、タイでは『夢王国と眠れる100人の王子様』が1番流行ってます。
NaSi:流行の違いでいうと、日本ではいろんな人がいろんな作品に夢中になっていますが、タイは全員がひとつのものに夢中になる傾向があると思います。『Re:ゼロから始める異世界生活(以後、リゼロ)』とか、特にすごかったです!
大谷:確かに。一時期はラブライバーしかいない、と感じることもありました。

▲ 『ラブライブ!』に登場するキャラの誕生日を祝う特設スペースは、ファンがイラストを描いた付箋でいっぱいです。
── 日本のような多様性に満ちたブーム、という雰囲気じゃないんですね。
大谷:そうですね。今もブームが続いているのは、『ソードアート・オンライン』やマクロスシリーズ、デジモンやポケモンですかね。日本よりタイの方が流行ってるんじゃないかな? カバーダンスも盛んですし。
▲カバーダンスとは、いわゆる「踊ってみた」に近い、タイの文化のひとつ。本家さながらのパフォーマンスの高さはもちろん、私生活やメンバーの入脱退まで完全にコピーするチームが現れるほど! 再現度がすごすぎます……。
「オタバレ(オタクがバレる)」という概念がない
── タイと日本のオタク事情の違いってありますか?
geno:「オタクを隠さないこと」かな。
大谷:みんな日常でも、オタク系Tシャツを着てBTS(バンコクの鉄道)乗ってますよね。
NaSi:コスプレの姿のまま電車に乗っても大丈夫。
大谷:電車乗ったら、いきなり(『うる星やつら』の)ラムちゃんとかもいるわけです。
geno:乗客のリアクションも、驚くというより「写真一緒に撮ってもらわなきゃ!」くらいの温度感ですね。
── すごく寛容!
geno:みなさん、SNSでも別アカウントは持ってないですね。ログインし直すのが面倒くさいっていう人が多い。

▲ NaSiさんのFacebook。コスプレ、日常写真、アニメの情報もごちゃまぜでアップするのがタイ流なんだとか。
── 日本はオタクを隠す人が多かったですもんね。オタクに対して、どうしてこんなにおおらかなんですかね?
geno:オタバレを気にするのは、日本や台湾くらいじゃないのかな? コスプレのイベントも、普通のデパートですし。一般の人や親子連れもたくさんいますよ。
大谷:アラブやヨーロッパからの旅行客も「COOL!」みたいな感じで、ワイワイ交流して喜んでますね。

▲ イベント会場となったショッピングモール。日本でいうと、マルイや109で開催される感覚に近いのかも?
オタク情報はFacebookでゲットするのがタイ流。
── 日本ではTwitterなどでアニメ関連の情報が回ってくることが多いですが、タイではどんな風に情報を調べているんですか?
NaSi:Facebookですね! Facebookではアニメのシーンを数秒切り取った動画が、タイムラインにたくさん流れてきます。
例えば、『リゼロ』のレムの可愛いシーンの投稿があったら、リアクションや「お嫁さんにしたい!」などのコメントが付いて、どんどん広がっていく感じ。作品を知らない人は、その投稿を見て「可愛いこの子は誰だろう?」って調べる感じです。
大谷:Facebookなら1日1~2回ほどの投稿で、Twitterほど投稿数が多くないですし、情報を追いかけやすいですしね。アニメイト・バンコク店の公式アカウントも、Facebookはフォロワーが8.5万人ほどいますが、Twitterは1.5万人程度です。

▲ アニメイト バンコク店のFacebookアカウント。 大谷さん曰く、タイでTwitterに登録している人は「日本の声優さんのツイートを見たい」という理由が多いとのこと。
── 日本だと、Facebookはビジネスなどのオフィシャルな使い方が多いですよね。オタク活動を隠しがちだから、想像しにくい世界かも。
NaSi:タイは日本みたいに、Facebookをかっちりやってないからですかね。みんな適当にいろんな名前で登録しているし、情報も好きなこと書いてる。次に使うのはinstagramですね、タイ人は自撮りも写真も大好きだから。
あの有名アニメの演出にも出てくる? タイで盛んな自撮り文化
geno:待ち受けが自分、という人も多いですね。自分が撮るのも撮られるのも好き。
大谷:女装をしている人もすごく多くないですか? 性別の垣根がないというか。
geno:そうですね。コスプレ雑誌でも、女装した男性のスナップが自然と多くなりますね。日本だとあまり好まれないようですが……。
NaSi:可愛い男性コスプレイヤーもたくさんいますよ。タイは整形手術をする人も多いです。高校生の時に鼻や目を変える人もいるくらい。
── カジュアルですね! タイの美容技術って進んでるんですね。
geno:クリニックも多いですしね。整形もあまり隠さないし、触ってみてとか言われます。

▲ ちなみに、NaSiさんのパッチリした二重はもともとなんだとか。「目は整形ですか、ってよく聞かれます」というほど整ってます……!
── 綺麗な姿になると、自撮りをするのも楽しそうですね。
NaSi:オタクかどうかに関係なく、タイは自撮りが好きな人が多いですね。いつも携帯が画像でパンパンになっちゃうから、アプリを消してます……。
大谷:アニメ『ユーリ!!!onICE(以後ユーリ!!!)』の作中で、タイ代表のピチット・チュラノン選手がよく自撮りをするのも、SNSにたくさん写真をアップするタイの文化を反映しているのかな、と思いました。
geno:そうそう。よく現地の文化をご存知だなー、と思いました。
── へぇ〜!すごい。

▲ アニメイト・バンコク店の『ユーリ!!!』の等身大パネル。センターはもちろん、タイ代表のピチット選手でした。
『君の膵臓を食べたい』を直訳したらホラーに!? 翻訳あれこれ
── タイ語に翻訳されている日本の作品は多いですが、ニュアンスを汲み取るのって難しそうですよね。
geno:誤訳だと、有名な話がありますね!『進撃の巨人』で、リヴァイ兵長が自分の過去を「王都のゴロツキ」と語るセリフがあるんですが、タイ語に翻訳された本に「俺は王都の『ゴロツキ・タウン』出身だ!」と訳されてしまった事件がありました。
全員:(笑)
大谷:最近だと『君の膵臓を食べたい』も、直訳されすぎて完全にホラーみたいな表現になってるのが話題になりました。タイでは「ホラー作品」としてもっぱら認識されてしまって。「こんな素敵な表紙やのに、どんな怖い展開が待ってるんや!?」と全員がガタッとなったという……。
▲ 切ないお話のはずが、一気にスプラッタに。
geno:日本独自の表現の翻訳はトラブルが起こりがちですね。アイドルの映画で「君は『細く長い』人気がいいのか」っていうセリフが「痩せて髪の長い女の子がいい、って意味かな?」って思っちゃう翻訳者とかもいました。
── 逆に、翻訳がお見事な作品ってありますか?
大谷:『名探偵コナン』ですね。服部平次の関西弁っぽさを出すために、タイではイサン地方の方言で訳されてます。
── すごい。ちゃんと同じ感覚を味わえるように工夫されてる!
割れた顎(ケツアゴ)にモザイク! 厳しすぎる表現規制
大谷:地上波でアニメをもっと放映してほしいですよね。『一休さん』や『ドラえもん』、『名探偵コナン』など、数えるほどしか見れないんです。一般の人にもアニメを見てもらえないと、どうしても広がらないんですよね。
NaSi:あとタイは裸の表現がすごく厳しいんです。胸の谷間も、男性の半裸もNGなんです。
大谷:『ドラゴンボール』で悟空が界王拳使ってビリっと服が破けたら、全部モザイクがかかってて(笑)。「どんな卑猥な技なのか」 と誤解されてしまう……!

▲ アニメを見て、社内で描き下ろしたイメージ図はこちら。水着や流血表現もNGなんだとか。
大谷:『一休さん』に出てくる新衛門さんのケツアゴにも、モザイクかかってるんでしょ。
NaSi:そうです、もやもやしたモザイクがかかってます。
── えっ、お尻の形に似てるから!?(笑)
大谷:そうです。タイだけらしいです。
geno:タバコとお酒も規制がかかるので、顎が割れた人がタバコを吸おうもんなら、どんな卑猥な映像を流してるんだ! って。

▲「映画でも、セクシャルなシーンを丸々カットするので、前後が繋がらないことも起こります」と語るgenoさん。
── R-18の同人誌はどうなるんですか?
NaSi:そもそもR-18の同人誌自体がすごく少ないです。あとは中身も表紙も、白い光や、大きな字で身体を隠してます。タイの人が同人誌を読みたければ、日本に行って買ってくるしかないですね。
── 表現の厳しい規制に慣れると、過激な描写に対して嫌悪感を抱きやすくなりますか?
NaSi:いえ、逆に新鮮だって思います。タイには全然ないので!「すごーい(笑)」みたいな。

── ちなみに、BLや百合などの作品はどれくらい人気があるんですか?
大谷:日本と同様に人気ですね。アニメイトの場合、新宿店は壁一面ほどの品揃えがありますが、バンコク店では現地がライセンスを取った作品だけを扱えるので、1棚分だけあります。
宝井理人先生の『テンカウント』などは、新刊は1ヶ月で700冊くらい売れますね。あの『ワンピース』の新刊よりも売れちゃう。日本で1番売れてるものは、タイでも1番売れますよ。

▲ BLマンガ売り場の様子。ポップもしっかりタイ語で展開されています。
── 感覚が日本と近いんですね。でも表現は規制されてるから、原作を読みたいって気持ちが湧きそうです。
大谷:だから日本語が上手くなるのかもしれないですね。自分で勉強しようって気になりますよね。
大好きだから、どんなに規制が厳しくても見ることを諦めない。
「厳しい規制がある中でも、コンテンツを愛してやまない理由はなんでしょうか?」という質問に対し、NaSiさんから返ってきた答えは
「アニメが大好きだから。読めない日本語でもアニメは魅力的で、その世界観に引き込まれるような感覚は楽しくてワクワクするから、どんなに規制が厳しくても見ることを諦めない。」という力強い言葉。
「好き」という強いモチベーションが、表現や言葉の壁を乗り越える大きな原動力になっていることを改めて実感させられました。

▲ 独学で学んだ日本語を駆使して、pixivを愛用しているユーザーさんとも出会いました。
それでは、世界のオタク活動・タイ編はこの辺で。次はどの国で、どんなオタク活動に出会えるかをお楽しみに!