解釈VS性癖!しかし「創作ならどれだけ欲張ってもいい」/カレー沢薫の創作相談

文/カレー沢 薫
『解釈』VS『性癖』がファイッ!
野生動物にとって一番の目的は「生存」することであり、目的のための行動にブレがありません。
つまりライオンはインパラとかを追いかけている最中に「猛烈に部屋の掃除がしたくなった」と言って、本棚の中身を一旦床にぶち撒けだしたりしないのです。
片や人間は人生を左右するような試験の前日に「俺のデスクトップ、チャカつきすぎじゃないか」と突然データのフォルダ分けをはじめ、「新しいフォルダー(2)のコピー(4)」というさらなる混沌(カオス)を生み出してしまうのです。
こういった「重要なことよりどうでもいいことを優先させてしまう」という行動は人間特有のものであり、合理的じゃないという意味では完全に虫以下です。
「外の方が勉強が捗る」と言ってドトールで永遠にスマホをいじっている人間は、陰毛から死んでも離れない毛じらみを見習うべきでしょう。
しかし逆に生存など「本能」のためだけに生きないのが人間の高度な部分と言えなくもないです。
「明日の飯より、今推しへのスパチャ」という、生物的には飯の方が大事だが、それよりも推しの「POPO蔵さんスパチャ800円ありがとうございます~!」の一言の方が自分にとって価値があるという「信念」を貫けるのは人間だけなのです。
信念や理性や倫理、優しさや誇りを「本能」より優先できるところが、人間と動物の最大の違いとも言えます。
しかし、捕虜のなった女騎士が「クッ殺せ」と言うのも、生存よりも「尊厳」を選ぼうとしているからなのですが、そう言ってしまったせいで逆張りギャグマンガでない限り、死ぬよりもキツイ目に遭った上に尊厳も奪われるケースがほとんどです。
それよりも「生きたい!」というワンピース精神に則って、即全裸四つん這いとなり「お命助けてちゃぶだい!」と看守の靴の裏を舐めにかかった方が、相手は萎えて撤収すると思います。
このように、人にとって重要でありながら、時に「これがなければもっと楽に生きられるのになあ」というのが、理性や倫理、そしてプライドです。
攻めには完膚なきまでに攻めて欲しいという性癖が「本能」なら、「いや、この攻めはそんなことしないし、飛影はそんなこと言わない」という解釈が「理性」だと思われます。
つまりこれは「本能」VS「理性」という人間にとって極めてシンプルかつ大きな戦いです。
性癖も解釈も大事ではある
現実であれば「ゴリラでなければ理性を優先させろ」としか言いようがありませんが、そもそも創作というのは「さすが創作! 現実にできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!」の世界なわけですから、むしろそこで性癖という名の本能を解放しなければ一体どこでするんだという話です。
これにはハンチョウも「フフ……へただなあ。へたっぴさ……性癖の解放のさせ方がへた……」と言わざるを得ません。
たまに、原作でどれだけ貧乳だろうが抉れていようが、一律地面に着地せんばかりの巨乳にしている解釈以前に視力を無視したファンアート描いている絵師の方を見かけます。
見ている側としては、どう見ても貧乳が売りのキャラを何故巨乳にするのかと正直訝しむ気持ちはあるのですが、「俺の巨乳が好きという本能を公式如きに止められるはずがないだろう」という強い意志には畏敬の念を感じます。
しかし「解釈」というのも、オタクにとってはそれこそ命より大事なものです。
解釈違いの話を書くぐらいなら両腕を折り、メガネの推しがメガネを外した姿を見るぐらいなら己の目を潰す、華と修羅ムーブをするオタクも少なくありません。
性癖に忠実なオタクであるか、それとも解釈のために死ぬオタクであるか、非常に難しい問題であります。
しかし、どちらかを選ばなければいけないのか?
ただ、○○先生の漫画を読めるのはジャンプだけ! と同じように「性癖をマックス解放できるのは創作だけ!」という点から、解釈優先という今の判断はいかがなものかとも言えます。
「どっちか選ばないといけない」という考え自体が現実的すぎます。
カレーとハンバーグ両方食いたいと思っても、金銭的、胃の容量的になかなか実現はしづらいものです。
しかし、カレーとハンバーグを同時食いしてご満悦の自分の絵を描くことはできます。
そんな絵を描いて笑っている奴がいたら正直コワイですが「どれだけ欲張ってもいい」のが創作の良いところです。
よって、弱気キャラという「解釈」と、監禁束縛などの「性癖」を同時に満たす作品作りにトライしてみてはどうでしょうか。
このキャラが、どういう状況、心境、またはおクスリを使えばそのような状態になってしまうのか、そして攻め攻めの攻めの中にどうやって「弱気」という根底を残すかなど、考える余地はいろいろあるのではないかと思います。
もちろん難しいとは思いますが、安室透とかも、喫茶店バイト、私立探偵、謎の組織、公安という過積載でありながら一つも落とさず走り続けているんですから、やってやれないことはないと思います。
走行技術に自信がないから、話の整合性をとるため、性癖と解釈どちらかを選んで走ってしまう気持ちもわかりますが、やはりご相談どおりモヤモヤは消えないと思います。
創作というのは趣味であれば、読者よりもハンドルを握っている自分の爽快感の方が大事です。
いつか荷台に性癖と解釈両方載せて高速をかっ飛ばすような創作にも挑戦してみてください。

カレー沢さんはじめまして、いつも素晴らしいお悩み相談回答の数々、楽しませて頂いております。
先日、人生で初めて乙女ゲーというものをプレイしました。すっかりハマり込み、その中で推しCPができたのですが、『さぁイチャコラさせるか!』とメモ片手に意気込んだ矢先、とあることに気がつきました。
攻めは弱気キャラで、多分、いや絶対、痺れを切らした受けに押し倒されるタイプです。なのですが私としては「攻めは攻め攻めで!」というのが好きなので、なんなら監禁束縛あんなことやこんなこと、モザイク必須なことをやって欲しいのです。
つまり、『解釈』VS『性癖』がファイッ!してしまい、二次創作をする上で重要なニ大巨頭が対立してしまっています。
結果今は、解釈が白星を挙げているのですが、書き終えた後どうしてもモヤモヤ感が残ります。このジレンマ、どうすれば良いでしょうか?是非ご回答お願いします。