コミケと歩んで50年!全ページ箔押しに刺しゅう加工…同人誌印刷「しまや出版」の超装丁に迫る
インタビュー/原田イチボ
町の文具店が同人誌印刷所になった理由

── 小早川さんは何代目の社長なんでしょうか?
── 2025年でコミケは50周年。ということは本当にコミケ黎明期から同人誌印刷をされていたんですね。

足立区にある「しまや出版」本社


オフィスに入ると、たくさんの“社猫”たちがお出迎え。インタビュー中は机の上ですやすや……
── 「しまや出版」が選ばれ続ける理由をどのように分析していますか? SNSでは、「『ここが印刷で切れちゃいそうだけど大丈夫ですか?』といったことを丁寧に確認してくれて助かった」のような感想が目につきます。
── 決して「受け取ったデータをそのまま印刷して終わり」ではない。
小早川:僕らが作っているのは単なる「本」ではなく、お客さんにとっての「宝物」です。こう言ってはなんですが、僕らは入稿データが完璧なものだとは思っていません。ほとんど全てのお客さんがプロではないので、当然どこかに不備があるはず。データをチェックして、正しい本になるように、印刷に適した状況に仕上げるところが重要だと思っています。樫田は、一度それでバズったことがあるんですよ。
樫田:英語のつづりが間違っているのに偶然気づいたので、お客さまにお伝えしました(照)。
小早川:お客さまがその一件をX(旧Twitter)にポストしてくださって、ありがたいことに何万いいねという反響になり……。印刷に関することはともかく、つづりの間違いに気づいたのは、本当にたまたまなんです。ただ、「たまたま気づくこと」が多いので、お客さんが「ここまで見てくれるのか」と驚いてくださるのかもしれませんね。樫田も含め、趣味で同人誌を作っているスタッフも多く、目を光らせていますから。
(編集部注:同人誌の本文についての誤字などの指摘は、原則としてサービス対象外です。入稿前のチェックは必ずご自身でお願いします)

── 同人誌を作る側の気持ちがわかるからこそ、入稿データに真摯に臨むことができるんでしょうね。現場で働く樫田さんとして、「あるある」なデータの不備とはありますか?
樫田:一番多いのが、目次のページ間違いですね。たぶん原稿を加筆修正しているうちにズレてきちゃうんだと思います。
女性向け同人誌はA5が激増!装丁のトレンドは?
── 現在、人気のある装丁や加工はどんなものですか?
樫田:今はちょっと前だと考えられないくらい、スピン紐加工(本の背表紙から伸びる糸のしおりのこと)のご依頼がものすごく増えています。

小早川:箔押し(金箔や銀箔、ホログラム箔などで文字やイラストを加工すること)の依頼も多いですね。箔押しって、以前は「すごくリッチでこだわりのある作家さんがやるもの」というイメージだったと思いますが、すっかり人気が定着しました。

箔押しの見本

フルフォイル(全面箔)の見本
小早川:PP加工(表紙をフィルムでコーティングする加工)は安定して人気ですが、王道のクリアPP(光沢感のあるコーティング)やマットPP(マットなコーティング)からもう一歩凝ったものを選ぶ方が増えています。うちでいうと、隠れた人気メニューとして、「ねこじたマットPP」というのがあります。猫の舌みたいに少しザラッとしていて、おもしろい触感なんですよ。

「ねこじたマットPP」のサンプル。猫の舌のようなざらざらとした手触り
樫田:僕はこの「ねこじたマットPP」が大好きなんですよ……! 妻も同人活動をしているのですが、夫婦で「これ以外は考えられない」と言い合っています(笑)。
── 判型にもトレンドはありますか? 昔はマンガ同人誌だとB5サイズが主流だった印象ですが、今はA5が増えたように感じます。
小早川:女性向け同人誌だとA5が劇的に増えてきていますが、男性はまだまだB5が主流ですね。
樫田:たしかに僕が以前働いていた同人誌印刷会社は、男性のお客さんがメインだったんですが、「上質紙90キロ、クリアPP」という基本形を守る方が多くて、マットPPが特殊加工のような扱いをされていました。
── 自分の作品を発表するだけならネット上で簡単にできる時代なので、いざ本を出すとなると、装丁にこだわりたくなるのかもしれませんね。
1冊作るだけで1万円(!?)の装丁とは
── これまで印象に残った装丁はどんなものですか?
小早川:ハトメ(リング状の金具)を使い、表紙にリボンをコルセットのように巻いた本がありました。そのお客さんはしまや出版に来る前にすでに他社さんに断られている状態で、うちの営業も無理だと伝えようとしていたんですが、僕が「できるよ」と言ってしまったものだから、責任取って自分で先頭切って頑張りました(笑)。表紙に穴を空けたりハトメをつけたり、ほとんど手作業でしたね。
樫田:僕は、技術書同人誌博覧会の公式ガイドブックで挑戦したブラックライト印刷でしょうか。ブラックライトを当てると、イラストが浮かび上がるんです。「ブラックライトはどうやって手に入れるんですか?」と質問されたので、「カラオケ店に行くのがオススメですよ」と答えました(笑)。




小早川:このブラックライトはAmazonで1000円くらいでしたが、タイミング合えば100均でも買えますね(笑)! ただ、みんなで楽しみたいなら、たしかにカラオケ店が一番かもしれない。イベントのアフターでカラオケに行って、「おお、見える見える!」って(笑)。
── 前例がない依頼も基本的には断らず、いったん引き受けるというスタンスなのでしょうか?
小早川:全くできないことは丁重にお断りさせていただく場合もありますが、基本的には何でもやってやれないことはないと思っているので。
樫田:「お客さまの斜め上のアイデアにどう打ち返していくか」が楽しい仕事でもありますからね。仕上がりに喜んでいただけると、めちゃくちゃテンション上がります!
── しまや出版さんで、「技術的には不可能ではないけど前例がない」という装丁はありますか? 「これで同人誌を作ったら伝説になれる」というか……。


天地小口(上下開き口)には、それぞれ金・銀の小口染め!

── 製本一級技能士、ですか?

工場には金と銀のプレートが!
樫田:そのほかだと、「小口マーブル」は……(笑)?
小早川:あれは……実はやりたくない!
── なんですか、それは?


── 完全に手作業なんですね。
業界初の新サービスも

── しまや出版さんとして、推したい装丁・加工はありますか?
小早川:今年9月にリリースしたばかりの、業界初の「ハイフランス製本」です。長い表紙をブックカバーのように内側に折り返すのを「フランス製本」と呼ぶのですが、うちのハイフランス製本は、表紙の天地小口が本文よりも長くなっているんです。上製本のような高級感を気軽に実現できるように製品化しました。これ結構技術がいる難しい装丁なんですけど、スタッフが実現してくれたんです!


表紙の天地小口が本文より長い「ハイフランス製本」の見本


── 本当に表紙が糸で縫ってある!
小早川:はい、本当に縫ってあります! 上糸を青、下糸を赤のように色を変えることもできます。キャラクター同士を繋ぐ「赤い糸」をこの刺繍で表現したお客様もいました。
初心者でもこなれた雰囲気にするには?
── ここまで上級者向けの話を伺ってきましたが、初心者でも簡単にこなれた雰囲気にできる装丁はありますか?
小早川:タイトルを箔押しにしてみるだけで、だいぶ変わりますよ。うちで「ワンポイントデザイン箔」というのを用意していて、デザインが苦手でもそれを使っていただけたら、星型やハート型の箔をワンポイントであしらうこともできるので、ぜひ気軽に箔押しに挑戦してみてください。
樫田:「小口デザインプリント」は、もっと流行ってほしいですね。小口(本の開く側)のところにハートや肉球などの模様を印刷できて、サイズによっては天地も含めた3面印刷も可能です。小口にちょっと色が入るだけで一気に楽しい雰囲気に仕上がります。

── 初心者どころか、デザイン面は全くわからない、できないような人でも素敵な装丁の同人誌を作れるサービスはありますか?
小早川:例えば文字書きさんで表紙が作れない! という方。そういう方向けに、700種類以上の表紙デザインから好きなものを選んでいただく表紙セミオーダーサービスを用意しています。こちらは無料でご利用いただけるんですが、表紙をプロにオリジナルでお願いしたい! という方向けに、8000円でオリジナルデザインを制作させていただくサービスも行っています。
── あと、素人としては紙のことが全然わからず……。いろいろ種類があっても、知識がないせいで無難な選択をしがちです。
「誰もが気軽に本を作れる世界」を目指す
── しまや出版57年間の歴史の中で、業界の転換点のようなものはありましたか?
小早川:やはりコロナ禍ですね。あの時期を経て、それまで3000部作っていた方は2500部、500部作っていた方は400部のように、全体的に部数が減りました。そのため「単価が下がったぶん、たくさん仕事を取らなければ」と各社が必死になっている一方で、お客さん目線だと、小ロットで同人誌を作りやすくなったと言えるのかもしれません。うちだとオンデマンド印刷は10部から引き受けていますが、印刷所によっては1部からOKというところもあります。
── 山の頂は少し寂しくなったけど、代わりに裾野は広がったような感じですか?
小早川:そうですね。数年後の未来を見てみないとわかりませんが、より気軽に同人誌を作りやすい環境が整ってきた印象はありますし、「初めて同人誌を作る」というお客さまも増えているように感じます。僕が期待しているのは、「誰もが気軽に本を作れる世界」なんです。
── 「誰もが気軽に本を作れる世界」というのは?
小早川:かつて大手出版社が「あなたの自分史を出せます」のように謳い、自費出版ブームの時代がありました。ただ、そういった自費出版をやるには100万円くらいかかってしまい、結局ブームが下火になってしまったんですよね。でも同人誌なら数万円で十分に自分の本を作ることができる。「自分の人生を1冊にまとめたい」という需要は変わらず存在するでしょうし、今の70代だとMicrosoft Wordくらいなら普通に操作できる方も多いですよね。ご高齢の方々が気軽に同人誌制作を楽しめる文化を作っていきたいなと思っています。おじいちゃんおばあちゃんが集まって自分史を頒布するイベントがあったら、なんだか楽しそうじゃないですか。

── 樫田さんは、今後挑戦したいことはありますか?
樫田:今の話とも繋がりますが、「ZINE」の世界をもっと開拓していきたいと思っています。「同人誌を作りませんか」という声かけには身構える人でも「ZINEを作りませんか」だったら興味を持ってくれるかもしれません。間口を広げていくことで、今まで躊躇していた人などたくさんの人に、本つくりを気軽に体験してほしいと思います。「誰もが気軽に本を作れる世界」を目指したいです。
── 最後に、同人誌制作に興味はあるけど一歩踏み出せずにいる人向けにメッセージをお願いします。
小早川:同人誌を作る上での心配ごとやお困りごとがご自身の中にあると思うんですが、僕らにご相談していただければ、解決のためのご提案ができるかもしれません。当社のキャッチコピーは「はじめての方“にも”優しい個人向け印刷所」です! ハードルがあるなら、一緒に乗り越えていきましょう。本って意外と簡単に作れますよ!
樫田:僕は大学生で初めて同人誌を作り、自分の本が手元に届いたときの感動が今でも忘れられません。もし同人誌にご興味があるなら、ぜひお気軽に相談にきてください。しまや出版には社猫もたくさんいるので(笑)、猫と一緒に本を作っちゃいましょう!



しまや出版も共催!第6回百合文芸小説コンテスト開催中
「第6回百合文芸小説コンテスト」が、12月18日(木)より開催中です。
本コンテストでは、「女性同士の恋愛や友愛などの関係性」をテーマにした小説を募集しています。女性同士の特別な関係を描いた作品や、心に残るセリフやシーンと出会える作品をお待ちしています。
受賞者には賞金のほか、応募作の書籍化や『コミック百合姫』への掲載、コミカライズなどの展開も予定されています。
応募者の中から抽選で10名に、応募作をしまや出版工場にて印刷・製本した書籍をプレゼントする「しまや出版スペシャルプレゼント」を実施!
【応募期間】
2025年12月18日(木)〜2026年3月23日(月) 23:59
詳細は下記よりご確認ください。
