美和野らぐ新シリーズ『裏干支』制作秘話!多彩な見せ方をするため「イメージ楽曲などを設定」「自分が映画監督になったようなつもりで」
イラストレーター・美和野らぐの個展「心憎(しんぞう)」が10月9日、東京・秋葉原のアキバCOギャラリーで開幕した(10月18日まで)。会場には380点以上の作品が並び、現時点での集大成といえるイベントに仕上がっている。
なかでも大きな目玉のひとつが、新シリーズ『裏干支 –心臓にIを–』だ。日本に古くから伝わる風習「裏干支」から着想を得て、美和野は「現し子(うつしご)」と「影」という独自の設定を新たに生み出した。自身にとっても学びが大きかったという『裏干支』の制作背景、そして個展に込めた思いを聞いた。

- 美和野らぐ
元アニメーター。2020年よりイラストレーターとして活動中。
水彩画や油絵の手法にヒントを得た、繊細な質感かつ透明感のある描写で注目を集めている。初の画集『水に溺れて夢を見る』(KADOKAWA刊)を2022年3月に発売し、同年5月には初個展「水に溺れて夢を見る」をpixiv WAEN GALLERYにて開催。
「一番くじ 雪ミク ~SNOW MIKU~ Second Season」描き下ろし提供、「Crazy Raccoon×いきなり!ステーキ」コラボレーションイラスト、「FUN'S PROJECT エポスカード」券面イラスト制作、産業経済新聞社主催のイベント「絵師100人展 12~16」に連続参加するなど、活躍の幅を広げている。
好きなものは爬虫類と日本酒とホラーゲーム。
お互いに補い合う「裏」の関係
── 美和野さんは毎年お正月に合わせて、干支をモチーフにしたイラストを公開していますよね。それがきっかけで、『裏干支』シリーズが生まれたと聞きました。

そうなんです。私が干支のイラストを描いていたら、画集の担当編集さんが「こういうものがありますよ」と裏干支について教えてくれました。裏干支というのは、十二支を円形に並べたとき、自分の干支のちょうど対角線上に位置する干支のことです。正反対の性質を持つからこそ、自分にないものを補い、運気を支えてくれる存在だといわれています。
「裏」と聞くと、普通はちょっと悪いものというか、ネガティブな印象を持っちゃうじゃないですか。でも「裏干支」はそういう単純なことではなく、お互いに補い合う関係になっている。とてもおもしろさを感じました。
── その「裏」の関係から着想を得て、「現し子」と「影」という設定が新たに生まれたんですね。

裏干支は本来、「子」に対する「午」のように、対応する干支同士でセットになるものですが、私はかなり自由にアレンジしています。普段は意識しませんが、干支は誰でも等しく持っているものですよね。そして実は心の奥で自分に何らかの影響を与えているのかもしれない。
そこから「現し子」と「影」という設定をひらめきました。現し子は現世に生きる少女で、影は、彼女たちの心の奥にある感情や衝動、願望などを具現化したような存在です。干支をモチーフにした影が、少女たちの揺れ動く心に寄り添い、影響を与えている。その密やかな結びつきが美しく、時に醜くもなる……。そんなイメージで作品を制作しました。
戌の「影」を描いた作品

戌の影と現し子を描いた作品
── 十二支に「猫」をプラスして、計13人の影が生まれました。『裏干支』シリーズにおいて、猫はどんな存在なのでしょうか?

現し子の心の揺らぎが意思を持ち始めた存在が影だとすれば、猫はそれらが誕生した要因、すべての始まりという特殊な立ち位置です。このあたりはいずれまた作品を通して明かしていくつもりです。
それぞれのイメージ武器も設定
── 『裏干支』シリーズは、影単体を顔アップで描いた『影干支』13点と、現し子と影の関係を1組ずつ描いた『ひとつのふたつ』13点に分けられます。全13組・26点のイラストを描くとなると、構図や設定などがかぶらないようにするのも大変だったのでは?

手癖で描いて、全部の作品を並べたときに似たような見え方になってしまう、ということは避けたかったです。とはいえ設定をひとつひとつ詰めていくのも大変で……。そこで、まずはそれぞれの影にイメージカラーとイメージ楽曲、武器を割り当てることにしました。
光の波長を環状に配置した「色相環」というものがあるんですが、これを十二支のサークルと重ねるアイデアが初めに浮かび、イメージカラーはスムーズに決まりました。色相環からイメージカラーを決めたぶん、黄色や橙、緑など普段あまりしない色使いにも挑戦しています。
イメージ楽曲は、単純に私が昔から大好きなので(笑)、ボカロPのDECO*27さんの曲を割り当てています。
── 今回の作品には登場していませんが、美和野さんの頭の中には、「イメージ武器」もあるんですね。

── 「現し子」たちを現代の高校生にしたのは、なぜでしょうか?

私は少年少女を描くのが好きなんですが、それは、多感な時期の精神、ピュアな静と動を表現することができるからです。顔の表情だけではなく、ちょっとしたしぐさや髪の落ち方、なんなら空気の揺らぎといった細部にも感情は表れるはず。そういったすべてをイラストに落とし込みたい、という自分なりの思いを込めて、「生きるを表現へ」という言葉を長年モットーにしてきました。
意図から逆算して構図を決める
── 影単体を描いた『影干支』は、どのキャラも片目が隠れていますよね。なぜでしょうか?

一言で言うと、リベンジです。2024年に「戦う女の子×トランプ」というテーマでイラスト集を制作したとき、キャラの片目を隠したんですが、自分としては「もっとやれたんじゃないか」という感覚が残っていて……。
イラストを見るときって、キャラの顔にまず目がいくと思うんですよね。だからこそ、そのキャラを印象づける要素を目のところに配置する描き方には可能性が秘められていると思うんです。
トランプのときは、百合や蝶で片目を隠していましたが、今回はもっといろんなモチーフを使っています。「これを上手くイラストに落とし込めたら意外とキレイなんじゃないか」と少し挑戦したものもあります。『影干支』は全作品の構図を顔アップで統一したぶん、並べたときにマンネリ感が出ないように意識しました。
── 『ひとつのふたつ』は、2人1組の構図です。

現し子と影の関係は、寄り添ったり、反発したり、それぞれに違います。2人の関係性を1枚の絵で表現しつつ、どちらもきれいに見せて、なおかつバリエーションも出すというのは、今回の制作でもっとも学びのあった部分でした。
── どのように構図を決めたのでしょうか?

「ここを一番見てもらいたい!」という意図から逆算して構図を決めることが多かったです。たとえば午年の作品だと、まず顔から首回り、画面下側の握った手に視線がいくんじゃないかと思うんですが、手のところには「ここを見て!」という矢印のつもりでリボンをあしらっています。あと全体的に青いトーンのなか、首元にピンクを混ぜることで、自然と視線が向くようにしました。


その結果、首から手、手から首へと、視覚的に心地良いラインが作れたんじゃないかと思っています。いつもイラストを描くときは、視線誘導というか、パッと見たときの気持ちよさをかなり意識していますね。
── たしかに美和野さんの作品はどれも視線を動かされる心地よさがあります。個展でたくさんの作品が一堂に会すると、すごく視覚的なリズムにあふれた空間になるんじゃないかと楽しみにしています。

そう言っていただけるのは、とてもうれしいです。スタッフのみなさんも設計やデザインに関して、そのあたりをすごく意識してくださっています。ぜひ楽しんでいただきたいですね。
構図の決め方でいうと、あとはキャラのどういう感情を描くのか初めに設定して、そこからポーズ、全体の構図という順番で決めていくことも多いです。「キャラがこういうセリフをこういうふうに言っているシーンだとしたら、こういう立ち姿をこういうアングルで撮るのがいいんじゃないかな」と、自分が映画監督になったようなつもりでイメージを固めていきます。
「描きながらアイデアが湧いてくる」からこその進め方
── 現し子と影の関係性は、どのように設定したのでしょうか?

基本的には連想ゲームですね。たとえば子年は、一般的に子孫繁栄の象徴とされています。そこから「集団」「協力」「みんな、そばにいるから」のように想像を広げていった結果、『ひとつのふたつ』の「子」のイラストは、「あなたを見守っている、どんなときも味方」というコンセプトで描いています。

── ここからは個別のイラストについても教えてください。「辰」をテーマにした『哀の歌』は、「痛みを分け合えば、」というコンセプトだと聞きました。

大切な人が傷ついているのを見て、「自分が代わってあげられたらいいのに」と感じることってありますよね。その感情を、影と現し子の関係に落とし込みました。「すべてを受け入れてくれる死以外に、自分の居場所があるだけで救いになる」という思いを込めて制作した作品です。

── 「辰」と聞くと、「強そう」や「神々しい」といったイメージを思い描く人が多そうですが、美和野さんの作品では、辰の影が現し子を手のひらに乗せ、傷ついたような表情を浮かべているのが意外に感じました。

私の中で神様は、人々の願いや思いを受け入れるというか、包み込んでくれるような存在です。一緒に寄り添ってくれる姿勢そのものが、ひとつの救いになるんじゃないかな……と。そこから連想ゲーム的に、「神様は空にいる。涙が雨になる」のように想像をふくらませていきました。
── 次は「未」です。群れの同調圧力から逃れようとして、現し子が生み出したのが未の影だそうですね。


羊は群れで生きていて、それは学校生活と重なります。そこから夜眠るときに数える「ひつじがいっぴき」を連想し、現し子が眠りの中で、誰にも汚されない透明な世界を影と共有しているビジョンを描きました。
ノートが溶けたようになっているのは、授業中のらくがきが具現化しているイメージですね。ありふれた教室の風景と、ちょっと不思議な要素の対比を表現したいと思いました。
── 「卯」のコンセプトは、「これが私だって信じられるように」。一目で「かわいい!」と感じるバニーガールの影とは、少しギャップを感じます。


この子は、ジェラシーの塊なんです。現実の容姿などをめぐる言説が私自身はちょっと苦手なんですが、この影はそういう欲望のど真ん中にいる。もっとこうなんじゃないか、こうでなきゃいけないんじゃないかと、「ほんとう」の自分を探しています。だから、現し子が影に口紅を塗っていたり、髪を梳かしていたりするのは、満たされない思いを満たすための妄想なんです。
── ラフの段階ですべてのイメージを固めてから、初めて線画に移るんでしょうか? それともラフからけっこう変更を加えるタイプですか?

個展、画集、同人誌が連動
── 今回の個展「心憎」についても聞かせてください。約400点の作品が集まり、ご自身にとって過去最大規模の展示となります。

── 会場内は、第1章、第2章、第3章に分けられています。それぞれの見どころを教えてください。

第1章は、これまでのイラストレーターとしての歩みを振り返るような構成です。第2章では、今回のメインでもある『裏干支』シリーズが展示されています。現し子と影の関係性に沿って、作品の配置なども工夫されているので、そのあたりも注目していただきたいです。
第3章は雰囲気が大きく変わり、私の分身とも言えるオリジナルキャラの「らぐんちょす」をメインに展開しています。さらに普段の作業環境を再現したコーナーや、過去のグッズもあって、第1章や第2章とはまた違った感じで楽しんでいただけるんじゃないでしょうか。
── 個展のためのグッズもいろいろ発売されますが、特にお気に入りは?

らぐんちょすのキーキャップを制作中なんですが、キーキャップって作るのが比較的難しいらしいんですよね……。スタッフのみなさんに尽力していただき、今回のような大きな個展だからこそ実現できたグッズだと思います。

あとは図録ですね。「個展のこの部分には実はこういう仕掛けがある」のような裏話も掲載される予定なので、図録を読む前と後で、個展を2度楽しんでいただけるんじゃないでしょうか。

また、Hitenさん、そおのさん、上倉エクさんの3名にイラストを寄稿していただいたので、そちらも必見です! 本当に素敵なイラストを描かれる方々で、ご執筆いただけたのが夢のようです……!
ちなみに、10月16日に発売する2冊目の画集『心贈 美和野らぐ作品集』(一迅社)と今夏のコミケで出した同人誌『心雑』、そして今回の個展の図録で、表紙イラストなどが連動しています。ちょっとコレクション性もあるんじゃないかと思っていますので、ぜひお手に取っていただければ幸いです。
── 楽しみにしています! 最後に、お仕事でもプライベートでも今後挑戦してみたいことは何ですか?

仕事の目標で言うと、元アニメーターなので、映像化にはとても憧れがあります。広告案件で自分のイラストがアニメになった経験はあるので、さらに挑戦していつか自分の作品がストーリーアニメとして映像化されたらうれしいですね。
プライベートだと、スカイダイビングや富士登山にチャレンジしてみたいです。ちょうどこの前、友人と「富士山に登ろう」という話になったんですが、この個展が控えていたので、万一ケガしたらシャレにならないよなと断念し……(笑)。個展が無事終わったあかつきには、来年あたり富士登山に挑戦してみたいです。
── かなりアクティブなんですね……!

もともと体を動かすのは好きなんです。自宅にトランポリンがあるので、普段も休憩がてら飛んだりしています。
── 長く活動するために健康も意識しているということですか?

そうですね。ただ、「絶対に末永く活動したい!」と考えているのかと聞かれたら、そうでもないかも……。創作者として心が満たされたとき、良い意味で「そこまで」なのかなとも思います。
── なるほど。ただ、描いている最中にもどんどんアイデアがあふれてくる美和野さんが満たされる瞬間は訪れるのだろうかとも感じますが……。

それはそうかもしれません(笑)。
美和野らぐ個展「心憎(しんぞう)」

予約受付:2026年9月30日(水)12:00~















