キャラは見た目から決めない、生き様から逆算する。『かのかり』『紫雲寺家』のマンガ家・宮島礼吏のキャラクター哲学
インタビュー/ナカニシキュウ
マンガ家・宮島礼吏先生の個展「0(ラブ)」が、東京・表参道にある「pixiv WAEN GALLERY」にて2024年9月4日(水)まで開催中。連載中の『彼女、お借りします』『紫雲寺家の子供たち』の二作品のカラーイラストやマンガ原稿を展示します。
読者の目を引く、かわいい女の子を描く秘訣をお聞きすると、大事なのは「絵を描く前の工夫」と言う宮島先生。その真意や、個性豊かなキャラクターたちを生み出す方法をお聞きしましました。
『かのかり』は人生で描いている作品
── 美少女キャラに定評のある宮島先生ですが、小さい頃から女の子をかわいく描くことは得意だったんでしょうか。

いや、全然そんなことなくて。もともとは『ONE PIECE』に憧れてマンガ家になろうと思ったところから始まっていて、そこに対する憧れは今もずっと持ち続けてますね。
── ということは、現在の作風はもともと思い描いていた作家像とは違う?

そういう意味では全然ズレてると思います(笑)。とはいえ、今描いている『かのかり』※1や『紫雲寺家』※2が不本意な作品かというとまったくそんなことはなくて、すごく楽しんで描けていますよ。
※1 『彼女、お借りします』の略称 ※2 『紫雲寺家の子供たち』の略称
── 女の子をかわいく描けることが武器になると気づいた瞬間などはあったのでしょうか。

どうでしょう……人に言われて「そうなのかな」と思っていった感じですかね。デビュー前にマンガを投稿したり持ち込んだりしていた中で、編集さんから「宮島くんの武器は女の子だから」とはよく言われていました。専門学校に通っていた当時、“女の子がかわいくなきゃダメなんだ教”の先生がいたんですよ(笑)。「どんなマンガを描こうが、女の子キャラがかわいければかわいいほどいいに決まってる」という持論を持っている方で、そこでだいぶ鍛えられましたね。当時は「すげえ押し付けてくるな」と思ってましたけど(笑)、今考えたら確実にそれが糧になっています。
── そうなんですね。てっきり子供の頃から女の子を描くことに至上の喜びを感じてきたタイプなのかと思っていました。

そんなことないんですよ。だからいまだに女の子を描くときは神経を使いますし……たぶん、『かのかり』を描き始めたくらいのタイミングで開き直れたというのはあると思います。もともとラブコメや恋愛マンガをそんなに読んできたほうではなかったんですけど、僕自身がものすごく重い恋愛をするタイプだとその頃ようやく気づきまして(笑)。当時30歳前後くらいだったんですけど、「恋愛マンガというジャンルでこそ発揮できる個性が自分にはあるな」と思えたんですよ。その結果、「どんな子をかわいいと思うのか」という発想が次々に湧くようになったという実感はめちゃめちゃありますね。
── もともと『ONE PIECE』などの王道少年マンガを志していた少年が、長じるにつれて美少女を描くことが得意になり、かたや実生活の中では恋愛にのめり込むタイプであることを自覚したと。それらすべてが集約されたことで『かのかり』が生まれているんですね。

── まるで『かのかり』を描くために生まれてきたかのようなストーリーというか。

ははは(笑)。どっちが先なのかはわからないような話ですけどね。
胸の血管からしか得られない情報がある
── 美少女キャラを描くにあたって、マンガを手に取ってもらうきっかけとして目を引くための工夫は何かされていますか?

それは、絵に特化した話としてお答えしたほうがいいんですかね?
── 基本的にはそのほうがありがたいですが……。

なるほど。いや、マンガを手に取ってもらうための工夫ということで言うと、絵だけの話ではなくなってくるんですよ。もちろん絵に関してもいろいろ工夫しているポイントはあるんですけど、やっぱりマンガは総合的な表現なので、絵はその最終的なアウトプットに過ぎないんです。その前に考えること、やっていることがすごく多いんですよね。
── たとえばどういうところから考えていくんですか?

やっぱりまず、タイトルと絵でギャップを生むことですね。『かのかり』で言えば、すごくかわいい“彼女然”とした水原が描かれている表紙に『彼女、お借りします』というタイトルが載ることで「え、どういうこと?」となる。ちょっとした2コママンガというか、それだけで物語の奥行き、情報量が生まれますよね。絵の向こう側にあるものを想起させることができれば、「どういう話なんだろう?」と興味を引けるのかなと。
── 絵の技術も当然大事だけど、それ以前に「何を見せたいのか」を考えて表現することが大事だと。

そうですね。僕の場合は“女の子をかわいく描ける”という、武器だとしてもらえている特徴があるので、それを最大限に生かすにはどういう話がいいのかをまず考えます。自分の絵の武器を自覚するのはなかなか難しいことでもあるんですけど、特徴となるポイントを強調するためには何を描けば効果的なのか、という意識はしてますかね。
── そこはやはりイラストレーターではなくマンガ家というところで、一枚絵での表現は本来の戦い方ではないという意識がある?

やっぱり絵だけで見たらイラストレーターさんたちには敵わないし、1枚の絵にかける時間も違いますから。なのでタイトルやストーリー作り、キャラクターの性格付けなども含めて、総合的に戦うしかないなと思っていますね。
── そんな中で恐縮なんですが、絵だけに着目した場合にどんなことを意識しているか伺ってもいいですか?

難しいですね(笑)。けっこう感覚的なところも大きいんですけど……流行りの絵は意識するようにしています。InstagramやXなどにかわいい女の子の絵がいっぱい流れてくるので、それを見て「最近はこういう描き方、塗り方がトレンドなんだな」というのを把握するよう心がけてはいますね。そういうエッセンスもさりげなく取り入れつつ、「こういう描き方をしたらすごくかわいく見えない?」という新しい提案ができたときは手応えを感じます。あまりほかの人がやっていない表現方法で、伝えたいことは伝わってるかなと思える自分なりの表現を編み出せたときは気持ちいいですね。
── その試みがうまくいった具体例は挙げられますか?

つい最近『かのかり』の巻頭カラー用に描いたイラストがありまして。水原がざっくり胸元の開いた服を着て妖艶な感じで寝ている絵で、その胸元にうっすら血管が浮き出ているのを描いたんですよ。実写のグラビアだと、胸の血管ってわりと見えるじゃないですか。でもそれをマンガで描いた人はあんまり見たことないなと思って。
── たしかに……!

血管から得られる情報ってあるなと思うんですよ。生々しさであったり、血の通った人間であることが感じられたり。そういうのをいつか描きたいと思ってたんですよね。で、実際にやってみたら編集さんにも「これ描いたのすごいっすね」と言われたので、ちゃんと伝わってうれしかったです。
── ヘタすれば“嫌な生々しさ”も出てしまいそうに思えますが……。

そうですそうです。わりと『かのかり』に関しては、その“嫌な生々しさ”を重視しているところがあって。絵だけじゃなく内容においても「そこにあるものをキレイに描くのではなく、ありのままに描く」ことは芯を持って可能な限りやろうと。そこから得られるリアリティを尊重する意識で描いていますね。
絵から決めないようにしている
── キャラクターの描き分けについても教えてください。『かのかり』のキャラクターはファッションに“その子っぽさ”がすごくあるなと感じるんですが、たとえば「この子はこの雑誌」というイメージなどはあるんでしょうか。

雑誌もあるにはあるけど、そこまで明確なものではないかな。それこそインスタとかを見ていて「この服はあの子っぽいな」「この子はこのブランド着てそう」というのをなんとなくストックしておくことの連続ですね。マンガの中で着られている服がこの世に実在するっていうのは「この子はどっかにいるんじゃないか」と感じさせる表現のひとつだと思うので、率先してやっていることではあります。
── 髪型や体形などのデザインに関してはいかがですか?

── なるほど! 発想の順序が逆なんですね。

── あくまで本人の自己表現の一環だから、という。

そう。なので水原であればレンタル彼女であるという特性上、“平均的な理想の彼女像”を体現しようという意思が彼女自身の中にあるわけです。麻美の場合は水原ほど胸がないので、胸元が強調される服よりは、自信がある脚や、女性らしい鎖骨などの出せる服装を好みます。墨ちゃんなんかは、とにかく自分に自信がなくて「身に付けるものをとにかくかわいいもので固めないとかわいいと思ってもらえない」という不安からああいう服装をしている。あんなにかわいいのに(笑)。最初から「こういう服装の子」と決めてかかるのではなくて、その子のイメージから漠然と生まれてくるものなんですよね。
白い水着姿でも、中央の水原はスタイルが際立つシンプルなビキニ、左上の麻美は胸元にフリルがついたワンピースタイプ、右下の墨は大きなリボンがついたものと、それぞれに描き分けられています。
── それで言うと、今おっしゃったように麻美の胸があまり大きくないのはなぜなんでしょう? 体形や身長に関しては自己表現の範囲外だと思うので、宮島先生が創造主としてその形を与える必要がありますよね。

麻美こそ一番生々しいというか、生っぽさがすごく大事なキャラクターだと思っていて。水原のように現実味がないくらい理想的な存在である必要はなくて、むしろどこにでもいそうなリアルさが大事なんです。だから僕が意図的に「胸の小さな子にしよう」と考えたわけじゃなくて、麻美という人物像が一番よく表れる見た目を考えたときに自然とああなった感じですね。
── なるほど。キャラクターの描き分けが苦手で悩んでいる人も多いと思うんですけど、そのキャラをちゃんと1人の人間として捉えることさえできれば、必然的に見た目も違ってくるはずだということですね。

そう思います。僕もそんなに描き分けが得意なほうではなくて、絵そのものは何パターンかしかないような気もするんですよ。瑠夏と水原なんて、目のドアップを描いたらどっちだかわからなくなったりもしますから(笑)。でも小手先で変えよう変えようとするんじゃなくて、表情だったり動きだったりに人間性が出てくるものなので、そっちで描き分けることのほうが多いですかね。そういう意味では男性キャラのほうがだんぜん描き分けやすいですよ。どこまででも表情を崩して描けるし、作画は男のほうが楽しいです。
アニメ第4期の制作も決まり、ますます好調のかのかり。レンタル彼女・水原千鶴と、彼女に恋する木ノ下和也を中心に、にぎやかな恋の行方が描かれます。
── 素人考えでは「あれだけ女の子をかわいく描けたら楽しいだろうな」と思っちゃうんですけど、意外とそう単純な話でもないんですね。

── 倍! じゃあヒロインが3人も4人も出てくる回なんかは頭を抱えちゃいますね。

幸いなことに『かのかり』は女の子が何人も集合する状況にはなりにくい話なので、そこは助かってます(笑)。でも作画が大変だからという理由で女の子を出さないのが一番よくないんで、そこは原作者としての自分をちゃんと立てて、作画の自分に無茶振りするよう心がけていますね。
最新のコミックス37巻はバニー姿の水原が表紙。各巻の表紙には、コスプレや部屋着姿など、さまざまな格好のヒロインたちが描かれています。
『紫雲寺家』同時連載は「やりたいことをやれる自分でありたいから」
── そんな『かのかり』が順調な中で、2022年からは『紫雲寺家の子供たち』の連載もスタートしました。月2回刊とはいえ、週刊連載との同時進行は相当ハードなのでは?

── 『紫雲寺家』でやりたかったアイデアとは具体的には?

兄弟を描きたかったというのは大きいですね。僕自身が男3人兄弟の一番下で、兄弟というものについて思うところは多少なりともあったんで、そういう話を描きたいなと。『かのかり』のキャラクターってなぜか一人っ子がめちゃくちゃ多いんですけど、今さら「この人に実は兄弟がいました」とはできないですから(笑)。それと、女の子がわちゃわちゃといっぱい出てくるラブコメが今は全盛というか、現代的ではあるじゃないですか。それを自分でも描いてみたい気持ちもありました。その2点がけっこう大きいですね。
── おっしゃる通り『紫雲寺家』には5人の姉妹がかなりの頻度で全員登場しますが、先ほどのお話からすると作画の労力はとんでもないのでは?

── なるほど! 作画コストが相当かかる作品であることが最初からわかっていたから、それを実現できる体制を整えたうえで連載を始めているんですね。

そうそう、そういうことです。
アニメ化も決定! 既刊4巻なので、アニメ開始前に読んでみるのもオススメです。
「自分の絵はすごく好きなんですよ」
── そんな宮島先生ですが、このたびpixiv WAEN GALLERYにて『0(ラブ)』と題された個展を開催されます。内容としては『かのかり』『紫雲寺家』の原画を中心とした展示になるそうですね。

こういう個展を開くのは僕個人としては初めてなんですが、機会があったらやってみたいなとずっと思ってはいたんです。僕の絵をいいと言ってくれている読者の方から個展を希望する声も届いていましたし、逆にこの個展を機に初めて僕や作品のことを知ってくれる人もいるかもしれない。なのでお話をいただいたときはもう「ぜひぜひ」という感じでした。
── 「0(ゼロ)」と書いて、ラブと読ませるタイトルにはどういう意味が込められているのでしょうか。

これは僕から提案させてもらいました。もともと企画段階でご提案いただいていたタイトル案に「0」というワードがすでに入っていて、それはたぶん「礼吏(れいじ)」から取ってくれたんだと思うんですけど(笑)。で、『かのかり』にしても『紫雲寺家』にしても恋愛や兄弟愛、家族愛を描いた作品なので、テニスのスコアふうに「0」を「ラブ」と読ませたらしっくり来るなと思ったんですよね。タイトルとしてもシンプルだし、すごくいいんじゃないかなと。
── 描き下ろしのメインビジュアルでは水原と万里が白い衣装で向き合っていて、中央にハートマークが描かれていますね。


── ヒロインが5人いて、とくに誰がメインと決まっているお話でもないですからね。

そうなんですよね。その中で万里を選んだのは、彼女が一番お姉ちゃんだからっていう理由が大きいですかね(笑)。誰か1人を代表して描くなら長女かなっていうのと、5人の中では水原に一番雰囲気が近いのではと。大人っぽいデザインにまとめられそうだなと思って万里を選びました。衣装を白にしたのは、初めての個展ということで無垢なイメージにしたいという思いがあったからですね。で、ラブがテーマということでハートマークをあしらっています。
── 来場者には、どんなことを楽しみに来てもらいたいですか?

やっぱり小さい頃からずっと絵を描き続けてきて……マンガを描くようになってからは絵以外の要素も含めた総合的な表現として努力してきた部分もあるんで、常々「絵そのものにはそんなに自信はない」と言ってはいるんですが、とはいえ、自分の絵はすごく好きなんですよ。過去いっぱいがんばって描いてきたものをこの機会にじっくり見てもらいたい、そういう思いはやっぱりありますね。



── 誌面でマンガとして見るのとは、見え方もだいぶ変わりますよね。

9月4日(水)まで開催!宮島礼吏さん個展「0(ラブ)」

pixivとツインプラネットが共同運営するギャラリー「pixiv WAEN GALLERY」にて宮島礼吏さん個展「0(ラブ)」が2024年9月4日(水)まで開催中です。
本展では宮島礼吏さんが連載中の人気作品『彼女、お借りします』(週刊少年マガジン・講談社)、『紫雲寺家の子供たち』(ヤングアニマル・白泉社)の名場面を中心に展示します。作品世界に没入いただける展示になっておりますので、ぜひ足をお運びください。
開催期間:2024年8月16日(金)〜9月4日(水)
入場無料
所在地:東京都渋谷区神宮前5-46-1 TWIN PLANET South BLDG. 1F
営業時間:12:00~19:00
※会期中、天候などの事情により、営業時間ならびに開館について変更の可能性がございます。その際は、pixivWAENGALLERY公式Xにてお知らせいたしますので、ご確認ください。
先生&担当編集者さんによる特別トークショーを開催!
宮島礼吏さんと『彼女、お借りします』『紫雲寺家の子供たち』それぞれの作品の編集者さんが参加するトークショーを開催します。作品制作の裏側を聞ける貴重な機会ですので、ぜひご参加ください。
<参加方法>
トークショーへの参加には「【数量限定_通販のみ】トークショー参加券付きチケット風カード」の事前購入が必須となります。数量限定ですので、売り切れの際にはご容赦ください。
・ご購入いただいた方は、当日商品ページに記載されている日時の15分前にpixiv WAEN GALLERYへお越しください。
・会場入口にてスタッフにBOOTH商品購入画面と、本人確認ができる公的な身分証明書をご提示ください。
・会場にてチケット風カードをお渡しいたします。
※ トークショーは中止もしくは内容が変更となる場合がございます。予めご了承ください。